rien que pour aujourd' hui

今日という一日、命を与えられた恵みに感謝して、ただ今日を一生懸命に。

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テレーズ、あなたと同じ苦しみを味わうことに感謝できますように。

神様は、洗礼を授けるという確信を私に与えながら、
ここまできて取り去ろうとされている。
信頼して心を開いて、お願いしていた神父様は今は背を向け、頑なになされる。
私は、私のことを知らない神父様に再び勇気を奮い起して、
私のことを話さなければならない。

どんな反対があったのか。
何をくぐりぬけて、何を頂いてきたのか。

そして、去年のイースターにいただいた、あの本当に雷のようにはっきりと、
一瞬にして閃いた、あの呼びかけ、確信。
「あなたに洗礼を授ける」という。

ショックだった。
突然放り出されてしまって、突然、拒絶されてしまったのだから。

けれど、ゆっくりあなたの人生を思い出してみる。

レヴェロニー神父様にNoと言われたこと。
お恵みを頂いたクリスマスにはカルメルに入っていると思っていたのに、
あなたはまだこの島流しの地にいたこと。教皇様にまで、お願いに行ったこと。

私があなたの娘ならば。
あなたは夢の中で、私をあなたの道へと導かれた。
これもきっと、そういうことなのに違いないから。


そう思うと、なーんだ。と思う。

ほんの少しの勇気。
ロザリオ1環。その15分。15分×6年分?
人生の中のたったそれだけの時間、
果てしない時間の中で私を愛してくださる大事な方に
差し上げる愛が、私にないのかと。

アブラハムがイサクを奉げた時、
彼は神様が「その気持ちで満足されるだろう」という期待は
持っていなかったに違いない。
心から、イサクを神様に差し上げる気持だったに違いない。
…私に、その心を、どうかテレーズ、与えてください。

ひとつでも多くの薔薇の花冠を編むことができますように。
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