rien que pour aujourd' hui

今日という一日、命を与えられた恵みに感謝して、ただ今日を一生懸命に。

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求道者として自分を位置づけるようになってから、もう16年になる。いろいろな事情で、主はここまで私を焼き尽くすために準備され続けてきている。

…さて、どんな風に私は焼き尽くされるのだろう。

その間の私の状況をご存知な神父様は数名おられるけれども、どういう訳か、霊的同伴としてのご縁がない。真生会館の神父様とお話をしたこともある。彼は、私に洗礼を何回かの分かち合いをしたらすぐにでも授けたい、とおっしゃってくださった。吉祥寺教会のとある神父様は、自分は霊的同伴になるには若い、とおっしゃった。イギリス時代からご存知の神父様とは、なぜか連絡が途絶えがちだったりする(私のイギリス時代をご存知ということもあって、お話が一番しやすいというのはあるのだけれども)。

そういう意味では「師」としての霊的同伴になかなか巡り合えない。それはおそらく、「時」ではないからなのではないかな。と思ったりもする。

「主のみで足りる」

……これを地で行けていたらいいのだけれども。と、思ったりも。
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