rien que pour aujourd' hui

今日という一日、命を与えられた恵みに感謝して、ただ今日を一生懸命に。

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灰の水曜日。今日からLentが始まる。

Good Fridayに合わせてNovenaを始めて10日あまり。待ち望んでいたLent。私はこの時期の黙想がとても好き。

主の苦しみに同化したい。主が受けた辱めを、共に忍びたい。その十字架のもとに留まって、その傷から滴るおん血の一滴も地に落とすのではなく、この手に受け止めて、飲ませたい。

その苦しみを耐えた愛。そして他の人のように、ゲツセマネで苦しみながら、最後に「フィアット」を仰ったその信頼。従順じゃなくて、信頼。それが「必要なのだ」と、ご存知だったからこそ、the death freely accepted。

アビラの聖テレジアは、その著書の中で言う。「その時代に生きていたならば、私もあの方のみ顔から、目をそむけなかっただろう、などと言わないでください。今でもあなたを愛情のまなざしでずっと見ていらっしゃる方に目を注がずに、他のものに目を注ぎ、ちらりと彼のみ顔を見ることもなさらない方が、どうしてその時代に、マグダレナと共に十字架のおんもとに留まろうなどとなさるでしょうか。」と。

できるだけ度々、そのおん方の方に、目線を向けなさい、と彼女は言う。そしてその愛のまなざしに気づきなさい、と。

主よ、あなたの愛のまなざしのうちの留まり、あなたの愛を借りて愛することができますように。できるならば、喜びのときだけ、プラスの気持ちの時だけでなく、マイナスのことも、あなたのうちに見出し、その苦しみに似たものとなり、その痛みのうちに痛みを感じることができますように。

このLentにあなたを一層思い、あなたの下に留まり、その愛すべきみ顔から目を離すことがありませんように。

祈りとは、神に向ける単純なまなざし。心からの叫び。
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