rien que pour aujourd' hui

今日という一日、命を与えられた恵みに感謝して、ただ今日を一生懸命に。

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私の霊的母、幼いイエスと尊い面影の聖テレーズの言葉。

これを思い出したのは、とある1本の電話が私を励ましてくれたとき。
「Darling, I think am not praying these days… I’ve felt so guilty about that, you know」
という私に応えて、
「Well, but you know, when you think about prayer, when you remember Him, when you remember you haven’t prayed, it is already a prayer….」
と、いう言葉がぽん、と投げてこられたとき。

心の中に、波紋が広がりました。

心の中で主を見上げるとき。それはすでに祈りで、叫びで、呼びかけで。それに思い至ったときに

「祈りとは、神に向ける単純なまなざし、心からの叫び」

という言葉が思い浮かんできたのです。

テレーズ、あなたはどんなとき、どんなところでも私を導かれるのですね。
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