rien que pour aujourd' hui

今日という一日、命を与えられた恵みに感謝して、ただ今日を一生懸命に。

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ここ数日のことを思い返してみる。

私がこの国に再び戻ってきたこと。

その目的は、達成されなかった。

けれども、その日からここ数日。私は今、新しい出会いと再会に「襲われ」ている。文字通り。生まれて初めての「後悔しなかった不合格」に始まる自分との出会い。そして、私の過去。

あの私にとっての私を変える第一歩だった悲しい結末の始まり。そしてそこから始まる約1年という、苦しかった日々。そこから抜け出そうともがいて己を失い、天に向かって叫びを上げ、時に怒号を上げながら、あの頃の人々とあまり接しないようにとしてきた日々。断ち切ってしまった関係。絆、結びつき。

その中で、青年活動(?)を通して得た友人たちの助け、私を生き返らせようとする人々、反発、祈り。私を支えてくれた人たちと、私の反発、そして依存、天へ向けた単純なまなざしと、友人たちとのかかわりの中での己の信仰のカタチの変化、分かち合い。

今、時満ちたのか、それがゆっくりと融合していこうとしているのか。

私がここに戻ってこなければこんなことはなかったし、自分が変えられていなければ再会はありえなかっただろうと思う。

私がここに戻ってきた、私自身の目的は達せられなかった上に、World Youth Dayも逃してしまった。けれど、私の上に星は確かに輝いていた。そして、私はそれを目指してこの国に戻ってきたからこそ、この恵みを受けている。

主よあなたのみ旨を行いたくて私はこの国に戻ってきました。そして今、あなたのみ旨は私の思ったところにはありませんでした。けれども主よ、あなたの手は私の側にあり、私を支え、愛し、私がもっと愛であふれることをお望みです。

私がもっと愛することができるように、あなたは私にあなたのみ旨を行われたのでしょう。

私は「別々の道を通って」、ロンドンへ帰ることができるのでしょう。星は、いつも私の上に輝いているのですから。

今、私は過ぎ去った時という戒めを解かれ、そっと私を愛するものの手で背中を押されている。これで、私を縛り付けるものはなくなった。
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