rien que pour aujourd' hui

今日という一日、命を与えられた恵みに感謝して、ただ今日を一生懸命に。

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地を這っていたと思っていたのに、いつの間にか。

というテレーズの言葉を思い出す。
今日、アフガンに行くことを思いながら、ロザリオをしていた。迷いがあった。私にいかれるのか。何かできるのか。ひとつひとつ、先唱をしていく時に祈り続けた。

瞬間に何かが変わった。

「これでいいのだ」と。確信に変わった。

主が私に用意した道を私は歩いている、と確かに感じられた。そのえも言われぬ感覚は、私にとって言葉にするにはあまりに美しい瞬間だった。なぜ、聖母があんなに美しく見えたのか、私には分からない。

ひとつひとつのできごとが、「ラッキーだったね」といわれる。でも、精神的に、私の霊魂が飢えていたことは疑いようがない。

口を慎もう。昨日と今日は、本当にそう思う。

テレーズ、私を助けてください。私がどんな苦しみにも負けず、あなたの後につづくように。

カルメルの祈りと、カリタスの活動を併せ持った、あなたの娘であれるよう。
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久々に色々なことが一段落して、ミサ…に遅刻し、ロザリオに。

第4玄義の先唱をしながら、不思議な感覚に襲われた。

Charlsの祈りを聞いてからいつも、単なる「念仏」にならないようにと心を砕いていたつもりなのだけれど。

アフガンに行く。そのことを思いながら、「これでよかったのだろうか」と思いながら聖母を見つめ、祈り続けていた。そのときに、突然に襲った、あの感覚。

あれはいったい、何だったのだろう。
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